金太郎の日記(2004年5月)

5月27日

退院後初の診療日でした。
退院日に撮ったCTを見せてもらったのですが、
骨は固まってはいるもののまだ割れているんですね。
第三腰椎は四つに分かれてました。
近々ひっつくから心配ないとの事でしたが少々不気味。
改めて安静にしていようと決意しました。
そんな俺の入院中の進歩をご覧下さい。

入院直後 23日目 30日目 39日目

5月24日

本日無事に退院しました。
39日ぶりの我が家を今堪能しています。
まだ暫くはコルセットを着けての自宅安静ですが、
しっかりリハビリに励んで完治を目指します。
久々にギターも弾けたし、
入院中に書いた詩に曲つけなくっちゃ♪



5月22日

北朝鮮拉致家族の中の蓮池さん、地村さんの子供が帰国した。
拉致問題云々は置いておいたとしても、
親子が意に添わず1年7ヶ月も離ればなれになるなんて、
とても辛いことだったと思う。
ましてや我が子と会えぬ20数年を過ごしている人達の胸中は
察っしても余りあるモノがります。
たった1ヶ月…。
たまに顔を見られる状況であってもこれだけ辛いのですから。
俺は明日無事に退院出来ます。
拉致被害者の皆さんに1日も早く本当の笑顔が戻ることを祈ります。


5月20日

今日で入院5週間。
リハビリも段階が進み自力歩行も大分出来るようになった。
病室でも何とか歩いてますが、
腰や折れた左足小指より捻って打った右足首と持病の右膝が痛く、
装具を着けていない右足を引きずっている状態です。
しかーし、午前中に撮ったレントゲンの結果は良好で、
午後4時の院長回診の時に月曜の退院が決まりました。
腰の骨折で38日の退院は非常に早いそうです。
やはり当初の3週間ひたすら寝続けたのが良かったようです。
腰に負担をかけまいと寝たまま食事もしましたが、
多くの人達の応援に応えるべく
絶対完治してやるとの思いで安静にしてました。
本当に皆さんのお陰だと思います。
自宅に戻っても3〜4週は安静が必要ですが、
気持ち的により前向きになれるし、
やっぱり家族と共にいられるというのは最高ですよね。
完全復活を目指し、
快気祝いライブツアーのプランなどたてながら、
自宅療養期間を過ごします。


5月13日

入院も今日で28日目となりました。
有難いことにお見舞いに来て下さった方の累計が
かるく200人を超えています。
皆さん本当にありがとうございます。

先週の金曜日にコルセットを着けて3週間ぶりに起きあがり、
(貧血で30分くらいフラフラしたけど…)
月曜からは立ち上がるリハビリも始め、
昨日はついに介助なしの自力での起立着席が出来た。
そして今日、左足小指の装具が届いたこともあり、
先生から歩行の許可が出た。
歩行器を使って入院以来初めてトイレに行った。
普段当たり前だったコトが出来る喜び。
健康のありがたさを噛みしめてます。


5月9日

しばらくの間ページの更新が出来ませんでした。
というのも…。
先月16日夜事故(単独)を起こしてしまい現在も入院中なんです。
ガードレールと喧嘩し、電柱をなぎ倒し、
崖を8メートルほど転げ落ちました。
救急隊員が「遺体回収」と思ったほどの車体から
意識はしっかりとしつつ助け出され病院へ。
検査の結果は、
頭部打撲と左足小指骨折と第三腰椎圧迫骨折。
とは言え、奇跡的に神経は無傷で
手も足も口も達者に動いております。
自然治癒を目指すために3週間安静にしていましたが、
一昨日ついにコルセットを付けて起きあがり、
明日からは歩くリハビリを行います。
芸能生活25年で初めて仕事に穴をあけてしまいました。
入院当初は「何としても現場に行く」と先生方に無理を言っていましたが、
1週間目に専門の先生に見て頂いた時、
せっかくラッキーな怪我の状態なのだからキチンと治しましょう
と言われて目が覚めた。
目標は「早く治すコト」ではなく「完治するコト」。
多くの人達に心配と迷惑をおかけしました。
しっかりと完治させて恩返しが出来ればと思ってます。
特に多くの涙を流させてしまった家族には、
一生をかけてのリカバリーをしなくては…。
皆さんも事故にはお気を付け下さいませ。


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