
金太郎の日記(2006年3月)
3月25日
47回目の誕生日でした。
沢山の人からプレゼントやカードやメールを貰いました。
つくづく「幸せだなぁ」と感じます。
家族もテープなどで玄関を飾り付けて、
仕事帰りまで待っていてくれました。
よーし、また1年がまだすぞー!
3月17日
娘の小学校の卒業式。
卒業証書授与や卒業生代表で記念品を受け取る時の凛とした姿。
これが昨日までランドセル背負っていた子なのか、
と、我が眼を疑うほどの凛々しさではないか。
親ばかと言えばそれまでかもしれないけれど、
やはり妙に妙に大人になったような気がするのです。
友と卒業を喜び、先生との別れに涙する子供達の姿に、
ついついもらい泣きしてしまいました。
「卒業で次の夢への幕開く」
ってのは、その昔NHKで読んだ川柳でした。
娘に負けないよう、春からまたまた新しい夢に向けて始動しよう。
3月15日
コンサート終了から10日。
なんだかんだとバタバタしているうちに時が過ぎてゆきました。
とはいえその間にも毎週番組は作ってるし、
いさりび諧句クラブの30周年のお手伝いをさせて頂いたり、
すっかり忘れていた長崎プレスの原稿を書いたり、
久々にザ・ながさきの取材を受けたりと、
まぁ、やることは尽きない訳ですね。
ありがたいことです。
3月5日
無事にコンサートをすることが出来ました。
背中を押し続けてくれた松下冨士子さん。
しまばらでやりなさい、と声をかけてくれた吉岡島原市長。
後援会長を買って出てくれた大場島原温泉観光協会会長。
コンサートを見ることもなく島原城の駐車場を担当してくれた長崎ライダースネットワーク。
あづま創志会の皆さん、有明町商工会青年部の皆さん、
島原商工会議所青年部の皆さん、千々石こだわりクラブの皆さん、
太鼓の市道に受付にと活躍してくれた瑞宝太鼓の皆さん、
島原市商工観光課の皆さん、大村精神医療センターの皆さん。
その他色々お手伝いを頂いた皆さん。
ゲストとして遠路駆けつけてくれたピュアブルー。
仕事抜けてまで来てくれた直也、一緒に唄ってくれた大樹。
そして、会場に足を運んでくれた沢山の皆さん。
本当にありがとうございました。
今は「ありがとう」以外の言葉が見つかりません。
ほんとうにありがとう。
3月4日
ついに明日になった。
今日は朝からステージの仕込み。
午後は全員集まってのリハーサル。
準備は万端。
明日どれだけの人が集まってくれるのだろう。
一世一代のコンサートまであと18時間。
燃えるぞー!
3月1日
なにやらかにやらとバタバタしているうちに
気が付いたら3月になってしまいました。
2月が28日までということも忘れるほどで、
「あと何日」という計算が微妙にずれていましたねぇ。
「2日損したー」なんて人多いんだろうな。
泣いても笑ってもあと4日。
上腕痛と腰痛と左親指打撲と戦いながら、
今日も最高のコンサートを目指してがまだしてます。
ドキドキワクワクが最高潮だぜ♪
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