金太郎の日記(2011年8月)

8月25日

島原がまだす花火大会。
夏はやっぱり花火ですねぇ。
開会前に一瞬雨がぱらついたものの、
私の晴れ男パワーは今日も健在でした。

古い携帯で花火を撮るのは至難のワザです。

8月24日

久々のフレスタ佐世保でのライヴ。
つなげようニッポン!東北応援EXPRESSという
JR九州のイベントライブの初日を務めました。
シトシトと小雨が降っていたのですが、
私が着いてからはほぼ雨は止んだのでした。
(さすが晴れ男!)
40分の持ち時間でしたが、たった13分オーバーで終了。
しかも6曲も唄うというなかなかの快挙でした。
オープンスペースでのライヴで出入りはあったものの、
ラス曲ではほぼ全員が手拍子をしてくれて、
何とか皆さんに思いを伝えられたライヴになったかと…。
やっばりライヴはいいなぁと、改めて思ったのでした。

元気な九州、元気な長崎から東北へ。思いが届きますように。

8月21日

勝ったー!
6月4日以来ホームゲームでの勝利がなかったVファーレン長崎。
ようやく勝利の歓喜を皆さんと共有することが出来た。
心配していた雨は1滴も落ちることなく、
前半にあげた虎の子の1点を守りきった。
引き分けても、たとえ敗れても声援を送ってくれた皆さん。
今日は本当に気持ちよく「ありがとうございました」が言えた。
2011年JFL暫定3位。
さぁ、連勝街道を突っ走りますかね☆


8月13日

お盆で帰省中の師匠からお誘いを受け長崎市内へ。
1軒目は師匠の母上、親戚と繁理氏の同級生と料理屋で。
2軒目は師匠の小学校時代の同級生と豚しゃぶ。
3軒目は合同選抜チーム(?)で餃子。
もちろん皆さん飲みっぱなしだったのですが、
私は車だったのでひたすら烏龍茶。
まぁ、テンションは変わらないんですけどね♪
ラストは私の車で宿まで送って終了。
楽しい5時間でした。

長崎ではなかなか会えませんが、会えた時はじっくり話せたりします。

8月10日

知的障がい者関係施設職員研修会にて講演。
もちろん、唄もありの90分。
新しい出会いがあったり、旧交を温めたり、
大変な仕事を続けている皆さんの話を聞き勉強になったりと、
有意義な1日を過ごすことが出来た。
もっともっと勉強もしなきゃなぁ、とも思った。
がんばろ。


8月8日

夏!まだまだ長崎からの仕込みからの2日間を終え、
翌日にはVファーレン長崎と佐々七夕まつりのダブルヘッダーをこなし、
余韻と疲れを引きずりながら、早朝から活水高校へ。
高校生平和大会の音響を務めてきました。
全国の高校生が1年間行ってきた活動の報告だったのですが、
東日本大震災の被災地での活動の報告もあり、
また、福島県の女子高校生が現状を涙ながらに訴えるなど、
心に響くものが沢山あった1日でした。
京都から自腹で参加した高校生にはカンパを。
福島の女子高生とは来春須賀川での再会を約束。
若者に負けずにもっともっとがんばらんば!
との思いを新にしたのでした。

午前中のフィナーレは森先生の伴奏で、参加者全員が合唱♪

8月6日

5回目を迎えた「夏!まだまだ長崎から」。
よくぞ5年も続けてきたものだ、と改めて思う。
1年目はさだまさし師匠から受け継ぐ思いの重さと闘いながら、
とにかくやるんだ、と必死になって突っ走った。
2年目はその余韻の中で気付いたら開催されていた。
3年目は割と冷静に、何をすべきかを考えつつ開催し、
4年目は何となくこうすれば良いというものが見えた気がした。
今年は立ち上げの時期に東日本大震災があり、
気持ちは全面的に復興支援にシフトし、
チャリティライブに奔走し、6月末には福島県須賀川市に行った。
7月に入って「はっ」と我に返って準備に取りかかった。
出遅れ分は重くのしかかり、今年は…と覚悟もした。
もう来年はやりきらないような気がしていた。
そんな思いにさいなまれる中、
東京で逢った師匠が「ありがとう」と言ってくれた。
仙台市宮城野区や気仙沼市などから協賛金が届いた。
県内各地から、そして滋賀、岐阜、名古屋、浜松、東京、
遠くは何と札幌からもスタッフが駆けつけてくれた。
誰もが来年の開催を疑っていなかった。

人は決して多くない。
まだまだ認知度も無茶苦茶低い。
でも、いいコンサートだと胸を張って言える。
来年もやりますよ。
共に8月6日に向かってくれる方々。
よろしくお願い致します。

フィナーレでは毎年恒例の「広島の空」を全員で大合唱♪
節電で照明を入れず昼間開催としたことで見られた撤収中の夕焼け

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